「私とマレーシアについて」vol.1|OPK INTER-CORPORATION SDN.BHD.(OIC・マレーシア) DIRECTOR 寺澤一登 コラム

皆さん、こんにちは。私は、OPK INTER-CORPORATION SDN.BHD.(OIC・マレーシア) DIRECTOR 寺澤一登です。現在は現地採用の取締役を務めております。
製造、資材、輸入、生産技術、R&Dと、工場全般が担当となっており、関連して工場、調達にかかわる政府部門、税務、財務、人事にも関与しています。
私が24歳の時、1998年2月から長期出張扱いで本社の株式会社をくだ屋技研から技術者としてマレーシア子会社へ出向しました。
入社し、社内研修終了後、僅か2年足らずで海外勤務となりました。
「こんな新人を海外子会社の工場へ派遣するのか!」と言う声もありましたが、元々、入社時の条件に海外工場での勤務が含まれていました。 まあ、多少は早かったと自分自身も思いますが、そんな私を海外子会社に送り出してくれた、当時の奥田均社長、生産技術部池本課長には、大変感謝しています。

今から約30年前。当時は、近隣の日系企業(大手企業から中小企業)は、どこも50~60歳の大ベテランの方々がほとんどでした。
40代でも若手でしたから、24歳の私はひよっこ扱いで、「お宅の会社はよくこんな何もわからない若造を海外に派遣してきたね」と言われたものです。
海外の日系企業間のつながりは強く、共同体のように密な関係でした。海外で生き抜いていくために、助け合いの精神がありました。
仕事においても、以前は制約が少ない時代だったこともあり、時々、他社へお邪魔しては、わからない事を教えて頂く事もありました。
今のように、インターネットも普及しておらず、携帯電話のみで、スマートフォンは無く、携帯電話のみ。勿論、LINEもありません。本社とのやり取りも、電話とFAXだけです。今の方たちには想像できない環境だと思います。
少し何かを調べようと思っても、手元に参考になる本がないと、なかなか難しい環境でした。今では、オンラインで会議に参加したり、技術指導を受けたりできる上、調べものも、メールや写真、動画、さらにはAIまで活用できるようになり、大違い!とても便利な時代になりました。その分、今はいつどこにいてもすぐに捕まってしまいますが(笑)
マレーシアは13の州と3つの連邦直轄区で成り立っています。
そのうち、9つの州にはスルタン(王)がいて、この9名の王様が5年ごとに、順番に国王を務めています。マレーシアは多民族国家です。マレー系、中華系、インド系マレーシア人、原住民が住んでおり、生活様式、民族によって宗教が異なります。
原住民を含めマレー系マレーシア人が70%以上を締めています。
言語は、公用語、公文書はマレー語になります。
日常会話として、英語、中国語、インド語、原住民族の言葉、等々多くの言語が使われており、それに従って学校も、マレー語を使う国民学校以外に、中国語、タミール語を使う学校、ホームスクールやインターナショナルスクール等、多種多様です。大学は、国内にもありますが、海外留学する人も多くいます。
宗教においては、イスラム教、仏教、ヒンドゥー教、キリスト教、土着宗教、等々こちらも多様です。多民族国家のマレーシアはそれぞれが互いを尊重しあい、あまり干渉しない環境にあります。マレーシアは、宗教が生活習慣の基本となっており、ここには様々な違いがあります。
一つの例を挙げると、「祝日」です。マレーシアには、それぞれの民族の祝日があり、日本のお正月にあたるような行事が年に4回あります。つまり、年中何らかの行事が行われている感じになります。

今のマレーシアは、以前と比べると、それほど日本との違いを感じないほど成長しています。私たちの会社は、マレーシアの首都クアラルンプールから車で南に約1時間弱の距離、Negeri sembilan seremban (ネグリスンビラン州セレンバン)にあり、私は、その周辺に住んでいますが、当時は、日本料理屋さんはホテルの中に1軒しかありませんでした。今では「なんちゃって」を入れれば10軒ほどになりました。地元のマレー料理、中華料理、インド料理以外にも、イタリア料理、韓国料理などのレストランもあります。
買い物も日系のイオンがありますし、ハイパーマーケット(欧州を中心に発展した小売形態の一つ。郊外の大規模スーパー)が8件ほどあります。加えて、ネットショッピングも盛んですから、以前と比べ不自由はありません。
首都クアラルンプールは有名なペトロナスツインタワー以外にも多くの高層ビルやコンドミニアムが立ち並び、そこだけを見れば、大都会、大阪以上かもと感じます。

首都の交通手段は、鉄道路線はMRTが3路線、LRTが2路線、モノレールが1路線、KTMが2路線、空港連絡鉄道が1路線ありますが、まだまだ不足しており、車、バイクが主な交通手段。朝夕のラッシュはひどい状況です。まあ、会社や自分の住んでいる所は、未だにいつ来るかわからないバスしかありませんから、自動車がなければ到底生活できないでしょうね。
それでは、本日はここまで。
次回は、「マレーシアでの仕事について」をお送りします。
寄稿日:2025年11月
この記事を書いた人:
OPK INTER-CORPORATION SDN. BHD. (OIC)
取締役/Director
寺澤一登 /Terasawa Kazuto
(私とマレーシアについて vol.1)