続・奈良国立博物館 特別展「南都仏画」へ(前編)|をくだ屋技研 総務部 高木 雅大 コラム

当記事をお開きいただきありがとうございます。
総務部の高木でございます。
今回はタイトルにある通り、
前回 観覧した「南都仏画」展の続編です。
「え?もうこないだ見に行って終わったんちゃうん?」
と思われることでしょう。ええ、違うのです。
<展示の入れ替えについて>
博物館や美術館における展覧会は、会期が前後期で分かれ、
展示が入れ替わることが往々にしてあります。
特に自然光及び照明による影響を受けやすい絵画作品は
作品保護の観点から展示期間が限られることも少なくありません。
ということで、前回は前期展示だったのですが、
今回は後期展示を見るべく、今再び奈良博へ足を運びました。
「ひつまぶし」みたいに、おかわりと味変で堪能したって感じですね。

<特別展 観覧>
さて、特別展の展示室内は例のごとく撮影禁止です。
作品画像は使用許諾等の関係から当記事には掲載しておりません。
ご興味を持たれた方は、奈良国立博物館の公式ホームページをぜひご覧ください。
またまた前回同様 印象に残ったものを紹介させていただきます。

・法華経宝塔曼荼羅 第五巻・第六巻(重文)談山神社蔵
平安時代(12世紀)の作で、紺紙に金泥を用い、経文によって宝塔を描き出した作品です。
深い紺色と金泥の落ち着いた色合い、そして緻密な描き込みが目を引きます。
制作された目的は、造塔・写経・説法という仏に供養する三つの功徳を得るためと考えられています。
<補足>『法華経』法師品には、経典を読み、書き、説き広めることや、
経典のある場所に仏塔を建てることが、仏への供養になると説かれています。
・倶舎曼荼羅(国宝)東大寺蔵
「倶舎」とは「倶舎論」のことで、これは4~5世紀のインド僧・世親菩薩によってまとめられた
部派仏教の論書です。
日本においてはその教学を研究する「倶舎宗」として、奈良時代(8世紀)に隆盛した
「南都六宗」のうちの一つに数えられます。
この曼荼羅は平安時代(12世紀)の作です。当時の南都では初期の仏教へ立ち返る
復古的な動きが活発となり、倶舎論の再評価が進みました。
そのような背景から、倶舎教学の象徴化と顕彰を目的に制作されたと考えられています。
また前回の記事で少し触れた、天平時代(8世紀)の名画である
釈迦霊鷲山説法図(法華堂根本曼陀羅)ボストン美術館蔵
の構図や諸尊の描き方に共通点が多く見い出され、
その制作背景にも、展示テーマである
「天平期への追憶」があったのではないかと感じました。
・・・と、気になったものは他にも沢山ありましたが、こんなところにしておきます。
※参考文献は公式図録解説及び公式ホームページ等
と、2度目の展覧会での感想を終えたところで昼食に向かうわけですが、
文字数もアレなので続きは次回!
OPKと文化財についても、少し触れようと思います。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

この記事を書いた人:
株式会社をくだ屋技研
総務部
高木 雅大/Masahiro Takaki